仏像を盗む人にはバチが当たると考えるのが危険な3つの理由
先日、和歌山県の県立博物館で行われていた、『和歌山の文化財を守る』展を見てきました。
この企画展は、仏像盗難防止対策と文化財修理を特集したものです。特に地方の無人のお堂で仏像がどんどん盗まれていく問題はほーりーも強い関心があったので、思いきって出かけてきました。
そしてものすごくためになったので、今回はこの仏像盗難についてレポートしてみます。
和歌山県はなぜ、仏像盗難が多いのか
和歌山県は仏像盗難問題について、他県よりも先進的に取り組んでいます。それはなぜかと言えば、2010~2011年にかけて仏像盗難が多発したためです。
展示資料の解説によると、この1年で約60カ所のお寺やお堂から仏像172体以上が盗まれるという、とんでもない惨状がありました。さらに2017年から2018年にかけても60体以上が盗まれています(どちらも被害届が出た数なので、実数はこんなものではなさそうです)。
数字だけ見ればピークより、1/3くらいまで減ったように思えます。ですがこれは防犯対策が進んだというより、ガードの甘かった仏像が盗りつくされたためというのが実態のようです。
和歌山県で仏像盗難が多い理由は3つあります。
○大阪(仏像が売れる都市部)から近いこと
○高齢化、人口減少により、お堂を守れる人が減っていること
○歴史的に信仰の篤い地域が多く、古い仏像がたくさん残されていたこと
しかしこれは和歌山県だけが特殊なわけではありません。日本各地で頻発しており、これからさらに深刻度を増していく危機と言ってよいでしょう。
仏像を盗む人はどんな人なのか?
そして今回、和歌山県立博物館の主査学芸員、大河内智之さんからお話も伺ってきました。
仏像盗難問題に関してはトップレベルの知見を持たれており、仏像ファンに人気の仏像企画展紹介サイト『観仏三昧』の主催者でもあります。
前からいつかお会いしたいと思っていたので、お話できて感激です!
それはともかく、大河内さんのお話の中で「仏像を盗むとバチが当たるという考えは通用しない」という言葉がほーりー的には印象に残りました。
仏像を盗む人はどんな人か。その実態を知ると、「仏像を盗むなんて罰当たり」という考えは、仏像盗難問題への解決にはならないばかりか、むしろ対策を遅らせる危険思想にすらなってしまいます。
例えば上の写真で大河内さんの背後に展示されている十一面観音像。増高182.4cmもある大きな像ですが、この観音様も一度盗まれています。
こんな等身大の仏像が持ち出されるなんて、周りの方は誰も想像しなかったでしょう。ポケットサイズの像ならつい出来心でということもあるでしょうが、ここまで大きな仏像となるともはや確固たる意志があり、計画的に窃盗していることが分かります。
また次の写真の愛染明王像は、円福寺というお寺でご本尊を含む十一体の仏像が盗まれたうちの一体です。古美術商のオークションカタログに載り、三体は買い戻せましたが残りの八体は行方知れず。この事例など、まさに根こそぎという感じです。
仏像を盗むと罰が当たるなんて言葉が、通じる相手ではないんですね。
仏像を盗む人にはバチが当たるという言葉の危うさ
そこで今回の本題ですが、「仏像を盗む人にはバチが当たる」という言葉がなぜ危ういものなのかを3点まとめてみます。
防犯対策が仏像のご利益まかせになる
現代に残る仏像の逸話でも、泥棒がお堂から運び出そうとしたら、何らかの霊験が発動(仏像が重くなったとか、足が動かなくなったとか、夢に出て改心したなど)し、無事に戻ってめでたしめでたしというものがあります。
まあ、こうした話は元になった何かはあったのかもしれませんが、盗まれた仏像がすべからく仏パワーを発揮したわけではないでしょう。
もちろんお坊さんや地域でお堂を守る方も、こんな昔話のようなことが起こると考えるわけではないと思います。ですがそもそも仏像を盗む(そんな大それたことができる)人間がいることが信じられないと言われる方はたくさんいます。
そして「まさかうちの仏像が盗まれるなんて」と、想像もしていなかった事件に突如巻き込まれているのです。
仏像を信仰の対象として拝むことは尊いことですが、それが万人に共有されると考えることは危険です。セキュリティが甘く、持ち運びも可能で、高値で売れやすい。その辺の店で万引きするより仏像盗難は、はるかに楽な作業なのです。
盗まれた後の検証が鈍くなる
「犯人には今頃バチが当たっているよ」と、仏像を盗まれたお寺やお堂を守っていた方には、こんな風に考える方もいます。
もちろん悔しくて悔しくてたまらない。その気持ちを慰めるために口にするのはよくわかります。ですが事後対応を仏罰まかせにしてしまうと、次の対策が遅れます。
仏像を盗む人に、バチは当たりません。少なくともそうした認識のもと、人間が出来ることの最善を尽くさなければ仏像を取り戻すことはもちろん、次の被害(連続窃盗など)も誘発します。
特に盗まれた後は、どれだけ迅速に行動できるかがカギを握ります。次から次へと転売されれば、行方はどんどん分かりにくくなります。また盗難から1年以内なら(盗品と知らずに買った)古物商は被害者に無償で返還しなければなりませんが、一年以上経つと買い戻しが必要にもなります。
泥棒の正体を見誤る
仏像盗難問題はヘイトスピーチにつながりがちです。実際に対馬で盗まれた仏像が、韓国の裁判で日本への返還が止められたことは大きなニュースになりました。
ほーりーもこの件にふれて、以下の記事を書いています。
こちらの仏像は、現在もまだ一体は返還されていません。このような事例を見ても、海外へ仏像が持ち出されるリスク対応は不可欠なものと言えます。
ですがこれを持って韓国(あるいは、中国も言及されやすいですが)がすべての元凶、あるいはさらに進んで中国人や韓国人全体を犯罪者扱いすること(いわゆる、ヘイトスピーチなど)は筋が通らない話です。
なぜなら日本で仏像を盗んでいるのは、日本人が圧倒的に多いためです。仏像を盗むなんて非道は日本人にはできないと考えていると、防犯対策でも対応を誤ります。
例えば海外からの窃盗団だけ想定するなら、少なくとも海を越えても元が取れる貴重な(それこそ数百万円はする)仏像だけを守ればよいことになります。
しかし現実には美術品としてはそこまで評価の高くない仏像も盗まれます。特に現代はネットを活用した個人売買で、古美術品を扱う専門家を通すことなく、ものが売れてしまう時代です。
下の写真は実際に盗まれた仏像がネットオークションに出品されたときの画像です。こちらは大河内さんが発見して警察に通報し、無事に所有者のもとに戻りました。
仏像を盗む人は窃盗組織に所属している人間ではなく、ある意味で普通の人です。しかし経済的に困窮し、守りの甘い仏像を見つけては盗んでしまっている状況が多いのです。
ということで、、、
和歌山県が仏像盗難に対して件数を把握できているのは、警察と教育委員会が連携し、盗難被害の情報が文化財保護担当者にも連携されているためです。
しかしこのような体制が取られている県は珍しく、ほーりーもあれこれ情報を探しましたがこうした盗難情報がまとめられている例は非常に限られていました。
その中でもかき集めると、文化庁が発表していた『国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について』という調査では、国宝・重要文化財指定の彫刻(主に仏像)のうち、行方が分からない17件の中で14件が盗難です。
これは他の文化財と比べても、圧倒的に高い盗難被害率でした。
また警察庁が発表した犯罪情勢および、国土交通省が発表した日本の住宅戸数などをもとに計算すると、住宅の侵入盗率は0.1%、寺社の侵入盗率は1.2%と、お寺や神社は一般住宅の10倍以上も盗難被害に遭いやすいことが分かります。
つまり仏像はターゲットになりやすく、お寺や神社自体も泥棒が入りやすい。こうしたことから仏像は被害に遭いやすいのです。
ちなみに大河内さんと話をしていて、地方のお寺に宿坊を作ることは仏像の盗難対策としても有効というご意見を頂きました。
人の目が入ることは泥棒にとって一番嫌がることであり、逆に不特定多数の人が出入りしてもわざわざそんな場所で(宿坊であれば、宿泊者名簿に名前を書いてまで)窃盗をする人はほぼいないだろうとのこと。こちらはまた別途、まとめていけたらと思います。