寺社旅研究家が運慶展より見たかったクローン文化財展
以前に日本の仏像がこれ以上盗まれないために、どのような方策を取っていけばよいかをまとめた記事を書きました。
こちらでは「監視カメラ」「GPSトラッカー」「3Dプリンター」の技術革新(小型化や低コスト化など)が、仏像を守る手段になることを語っています。
また2007年ごろには、仏像盗難に関する意識アンケートも行いました。
そんなわけでかなり前からこうした文化財をどう保存し、次世代に伝えていくかに関心を持っているほーりーですが、今回は東京藝術大学大学美術館でこの分野の前衛的な企画展が行われていたので見てきました。
その名も『クローン文化財 失われた刻の再生』。現代技術と職人の技を駆使した、文化財の複製がテーマです。
目的地へは、運慶展を素通りしないといけないらしい
場所は上野。東京藝術大学大学美術館は、東京国立博物館の前を横切り、しばらく歩いたところにあります。
んでもって現在の東博は、今最も話題と言っても過言ではない『運慶展』様の真っ最中。
「日本彫刻の最高峰、集結」ですよ。なんでこれを素通りして複製展なんじゃーと、ほーりーの邪心が目を覚まします。
いや、本当に時間があったら、こちらも行きたかった。でも来週2つもお坊さんの前で講演がある身では、とても両方行くなんて無理の無理無理です。
そしてどちらか一つを選べと言われたら、私はやはりクローン展を取る。いや、うーん。ええと。すごく心残りだけど。
と、そんな感じで超強烈なほーりーほいほいを回避しながら、目的地へと向かいました。
寺社旅研究家が運慶展より見たかった美術展
運慶展に目をつぶってまで、なぜこのクローン文化財展を見たかったのか。それはやはり、寺社旅研究家として、「寺社旅の未来」が見たかったからです。
今回の企画展案内にも、「文化財の永遠の課題は「保存と公開」である」と述べられています。
保存だけを優先するなら文化財へのダメージは最小限に抑えられます。しかしその価値を理解する人は失われていき、ある時突如廃棄されることがあるかもしれません。
一方で文化財を公開することは、作品に想像以上のストレスがかかります。例えばイタリア北部の都市パドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂の壁画は、観光客の吐く息が劣化の主要原因と調査で判明したそうです。
呼吸するだけで作品に悪影響があるとしたら、もはや展示と文化財へのダメージはワンセットです。保存と公開が永遠の課題という言葉も納得です。
私自身は3Dプリンターなどでお前立を作ることで、仏像盗難の防止につなげる観点から複製展示には興味を持っていました。
しかし今回の企画展は、すでに失われてしまったものや、劣化が激しく一般公開がほぼ不可能なものをクローズアップし、東京藝術大学開発した文化財を複製する技術などを用いてクローンとして展示されています。
目的は異なりますが、あとに続く道としては同じ方向を向いています。国宝や世界遺産級の複製は豪華すぎるとしても、今回使われた技術がもっと一般化、汎用化されていけば、それは間違いなく私が期待するものにつながるので。
失われた超一級絵画・法隆寺金堂壁画の復元プロジェクト
法隆寺金堂の外陣に描かれた壁画は、初期仏教絵画の最高峰と呼ばれていました。しかし昭和24年(1949)の火災により、焼損してしまいます。失火した原因は皮肉なことに、壁面の模写作業中に暖を取るための電気座蒲団でした。
壁画は燃え尽きて無くなったわけではありませんが、高温と消火活動によって色彩や線が消えかけています。もはや往時の姿を見ることは、ほとんどかないません(ちなみに現在、法隆寺金堂で見られるものは、昭和40年代に描かれた再現模写です)。
そこでこの壁画を復活させようと、今回のクローンを作る文化財の対象に選ばれました。以下はこの壁画の中でも最も有名な絵の一つ『阿弥陀浄土図(金堂壁画第六号壁)』です。
観音・勢至菩薩を脇侍にして、説法印を取った珍しいお姿です。その神々しいお姿が、見事に表されていました。
また、普段は近くで見ることのできない釈迦三尊像も、今回はクローンで作成されました。東京藝術大学が3Dスキャナを用いて三次元計測し、富山県高岡市の職人によって鋳造や彫金が行われ、同じく富山県・井波の彫刻師によって台座が作られました。
そして日本だけではなくシルクロードをテーマに、北朝鮮の高句麗古墳群江西大墓四神図や中国の敦煌莫高窟第57窟、キジル石窟航海者窟、タジキスタン・ペンジケント遺跡なども復元されています。
また圧巻なのは、アフガニスタンのバーミヤン東⼤仏天井壁画です。2001年にタリバン・イスラーム原理主義勢力によって破壊されたニュースは、今もほーりーの記憶に衝撃として残っています。その大仏頭上にあった天井壁画がクローン復元されていました。
風景は映像ですが、こうして見るとアフガニスタンの道々を歩んでいく昔の旅人にまで、想いが馳せていきそうでした。
クローンだからこそできる文化財との親しみ方も!
今回の企画展はクローンだからこそできる、新しい文化財との距離感も提案されていました。
何よりうれしいのは、写真撮影OKな点です。シルクロードを軸として世界の遺跡を撮り続けた世界的写真家・並河萬里さんの写真パネルなど、一部で撮影NGだったものはありましたが、本命のクローン文化財はほぼ(というか、たぶん全部)撮影OKでした。
ということで、みんな思いっきり写真撮影しています。
また、これは一部ですが、「さわれる文化財」のコーナーもあります。
説明によると
従来は視覚のみに偏りがちであった文化財の鑑賞体験に、触覚からもたらされる臨場感を加え、文化財をめぐるより豊かな体験を創出することを目指しています。
(中略)
藁スサを混ぜた土壁層を再現するにあたっては、試行錯誤を重ね、本物に近い触感と大勢の鑑賞者が触れても摩耗しないような丈夫さを兼ね備えた素材を開発しました。
とのことです。
つぶれてしまった顔の部分などのざらつきは、何か妙にリアルで胸に迫ります。
また、2016年5月26日に行われたG7伊勢志摩サミットのサイドイベントでこうしたクローン文化財が展示され、テロリズムに対する文化財破壊へのカウンターとしても発信されました。
そしてまた今回の展示では、様々な企業も関わっていたようです。やはり新しい文化財の企画展ということで、普段とはまた違う顔ぶれが出ているようですね。
ということで、、、
クローン文化財。それは「コピーやレプリカと訳されるような単なる複製作品ではなく、オリジナルと同素材、同質感であるだけでなく、技法、素材、文化的背景など、芸術のDNAに至るまでを再現する、まさに文化財のクローン」なのだと説明されています。
そして単に現状を複製するだけでなく、制作当初や破損前などの一時点に戻って作るなどの幅広い目的に応じた製作も可能であり、デジタル技術の併用により大幅なコストカットも見込めます。
また私が行ってきたのは平日ですが、予想以上に来場者が多かったのも驚きでした。
これからはきっと、本物だから価値があるという意見と、気軽にふれられることには別の価値があるという意見がぶつかっていくでしょう。
でも、それって写真集やテレビなどで作品を見ることと、同じことのように思います。さらに言えば今後はVR技術などとも融合していくはずです。
で、あればこうしたクローン文化財は「本物により近づく」ことと「本物ではできない活用法を生み出す」2点で活躍の場が生まれていくはずです。
ということで文化財は今後、どのように美術や文化領域が開拓されていくのか。ほーりーとしても興味深いところです。それを考えるうえでも、運慶展をスルーしてでもいった価値のある企画展でした。