プロの寺社旅研究家を目指すなら、仏像だけは手を出さない方がいい
私は寺社旅研究家として、フリーランスで生きています。そんなわけのわからない仕事をしてると、「どうやったら堀内さんのようになれますか?」とか、さらに時々「弟子にしてください」などと言われることがあります(ちょっと自慢っぽい話ですが)。
まあ、弟子を養えるほど稼げるものでもないので、今のところ弟子入り志願は断っていますが、そうした方々の人生相談には乗ることがあります。
その中で私がよく話すことのひとつに「仏像を専門分野にするのは、やめた方がいいよ」というものがあります。
いや、仏像は寺社関連に数ある分野の中でもファンは多いし市場規模も大きいしで、ものすごく反応の良いテーマなんですよ。
私が旅の中で出会った仏像を一日一仏で紹介するFacebookページ『仏像研究会』は8000人以上の方がいいねしてくれています。さらにめちゃくちゃシェアされた仏像があったときは、近くの観光協会にまで問い合わせが相次いだりしました。
そして私もテレビの仏像紹介でガイド役として出演したり、カルチャーセンターで仏像巡りの講師もしたことがありますが、ある一定レベルで仕事に結びつきやすかったりもします。
なので、寺社旅を仕事にしたいという方にとって仏像は、とても魅力ある道に見えるようです。ということでめちゃくちゃ狭い範囲の方向けの記事ですが、私の考えをまとめてみました。
仏像ガイドの将来性
仏像は人気がめちゃくちゃ高いし、実際に頑張ればちょっとは仕事になります。
が、問題はそこからです。最初のうちは良いんですが、そこが頭打ちなんですよね。もっと言えばみうらじゅんさんを超える自信があればその限りではありませんが、多分それはほとんど無理ゲーでしょう。そして私の知り合いだけでも仏像本を出した方はたくさんいます。
吉田さらささんとか、田中ひろみさんとか、悟東あすかさんとか、宮澤やすみさんとか、坂原弘康さんとか、クロスケさんとか、仏像ガールさんとか、、、。
つまり、すでに上が詰まりすぎていて、セミプロ以上になるのが難しいのが仏像ガイドです。サッカーで言えばみうらじゅんさんがイタリアやスペインなどの最高峰リーグ所属選手だとしたら、上記の方々はJ1レベル、そしてもしこれから仏像の紹介を仕事にしたいと思う方がいたら、きっと現時点ではプロを目指す高校生レベルくらいでしょう。
で、そんな時に、ちょっと自分を振り返ってみるべきです。果たして自分は(最低でも)J1レベルまで成長できるかと。ついでに言えば、スポーツ選手と違って上にいる人たちもそう簡単には引退しないでしょうし(仏像ガールさんは引退しましたが)、こうした方々を押しのけるくらいまでレベルアップしないといけません。
しかしお寺や美術館が講演をお願いしたりするのは、だいたいすでに実績ある方です。無名の人を呼ぶのなら、よほど相手を惹きつける何かがないと厳しいです。なのでみうらじゅんさんに憧れて、みうらじゅんさんみたいになりたいと思っても、それはとても難しい話なのです。
しかし、それでも仏像で仕事をする方向を考えてみた
が、私は仏像が大好きなんです! 仏像で本を書いたりカルチャーセンターで講師したり、お寺で講演したいんです!! という、気持ちもとってもわかります。私自身も本気で進むなら、やはり自分が一番好きだと思えるものにすべきと、一方では考えています。
ですがその場合には、すでに仏像を分かりやすく解説とか、日本中の仏像を自分目線で紹介とか、そんな次元の戦いはとっくに終わっていることを知るべきです。自分が何を通して仏像を表現できるか、そこをとことんまで作り上げていかないといけません。
ということで、ちょっと思考実験的に思いついたことを並べてみました。当然のことながらあくまで可能性の話ですし、またどの道を目指すにしてもいばらの道を進んで進んでようやくたどり着けるかどうかという話です。
1.仏像と何かを組み合わせる
自分の得意なものと、仏像を組み合わせます。
上記で言えば、田中ひろみさんや悟東あすかさんは絵で仏像を表現されますし、宮澤やすみさんは音楽と仏像を組み合わされます。
他にもうまい棒で仏像を彫る「うまい仏」というものがありました。仏像メイクを1000人に施す、三十三間堂プロジェクトも話題になっています。日本中の仏像を巡りながらストーリー展開する小説を書いて賞を取るとか、芸術関係で強みを持っている人は一発狙えるかもしれません。
これからだと最新技術と仏像を組み合わせたデジタル領域での表現も、良いですね。下はOculus Riftを用いた初音ミクさんですが、こんな感じで3Dの仏像バーチャル美術館とか作れば、新たな分野が生まれます。
2.仏像をさらに細分化する
先に挙げた人たちだと、坂原弘康さんとかクロスケさんはこの分野が得意で、「大仏」に特化して本を書かれたりしています。吉田さらささんも「石仏」がひとつのテーマになっていますね。
他にも(プロを目指しているわけではないでしょうが)ひたすらに身体の一部が欠けた仏像を紹介するフリーペーパーを作られていた方や、立木仏、即身仏だけをひたすら巡る旅をされている方もいました。
こんな感じでニッチだけど広く一般の人に訴えられるものの専門家になれれば、本の出版依頼が舞い込む可能性はそれほど低くはないです。
3.アカデミックな分野で分かりやすく解説
たぶん、とんでもなく時間はかかりますが、学術分野で先生になって仏像が語れれば、これは可能性も見えてきます。他にも仏師として仏像を実際に彫りながら、仏像彫刻の先生になったり、制作過程をYou Tubeに流して人気になっている方もいます。
が、まあ、私のところに相談に来る人は、この方向は求めていないでしょうし、さらっと割愛です。
4.日本の仏像を英語で解説
現時点で大きな需要が生まれるとしたら、ここじゃないかな~。日本中の仏像をひたすら回りながら英語で紹介していくことができれば、これはきっと価値が出ます。
現在、海外から日本に来る旅行者は右肩上がりで増えていますし、今後も伸び続けることが予想されています。
しかし、京都以外では圧倒的に多言語情報が不足しているのが日本の寺社観光なんですよね。仏像というテーマに絞ってしまえば、京都でさえもまだまだ大活躍できる分野です。
仏像ではないですが、先日取材してきた西国三十三所の草創1300年記念事業では、霊場巡りをされているアメリカ人僧侶の方が抜擢されて、海外向け巡礼発信が行われることになりました。
英語以外でも何か一つネイティブ並みに得意な言語のある方(もちろん、ネイティブの方で日本の仏像を見て回っている方も)は一番有望です。
5.ジャーナリズムや社会起業に特化
2012年に重要文化財指定の仏像が盗まれ、韓国が仏像返還を拒否した(現在、まだ未解決)対馬仏像盗難事件は大きなニュースになりました。
また、他にも無人の寺院から仏像が盗まれたり、地方で立ち行かなくなったお寺が仏像を売却したりといったことは日常的に起きています。
こうしたことを独自に丁寧に取材したり、また未然に防げるシステムを開発して起業したりということができれば、仏像と関わる道も開けてきます。
ちょっと似た感じですが、去年『寺院消滅』という本が寺社界で大きな話題となりました。著者の鵜飼秀徳氏も、各地で講演に呼ばれています。
寺院消滅 鵜飼秀徳 著 |
うん、この本は私も読みましたが、とてもインパクトありました。
和歌山工業高校の生徒が仏像レプリカを3Dプリンターで作ったというニュースも話題になりましたが、仏像盗難は社会問題になっているだけに、防犯やレプリカ作成など様々な道が期待できます。
以前取材させて頂いたことがありますが、地震が発生した時に仏像が倒れて壊れないような免震技術を開発された企業なんかも、ちょっとこうした方向性ですね。個人ではさすがに難しいかもしれませんが。
ということで
結論としては、やっぱり仏像は難しそうと思った次第。
って、それだけで終わってもなんだかなという感じなので、もしも本当に寺社旅研究家を目指すなら、未開拓分野を一生懸命探すことです。
仏像のプロフェッショナルが一通り出終った後は、御朱印のプロフェッショナルが登場しました。これをどう解釈すれば良いかというと、本屋やAmazonなどでいろいろ探して見つからなかった分野で、自分がこれはいい! これは楽しいと思えるものを選んで、そこからとことん追求していくことが寺社旅研究家としての道になるということです。
私はそれを宿坊でやっています。厳密には仏像ブームが起きるはるか以前から宿坊を選んでいたので、ラッキーだっただけですが。もしも17年前の私が仏像メインで寺社旅活動したいと思っていたら、きっともっと激しい競争にさらされていたでしょう。
夢も希望もないですが、寺社旅の研究ってとんでもなく小さなパイの食い合いです。はっきり言って稼げません(たぶん。上に挙げた皆様は、ガッツリ稼いでいるかもしれませんが)。なので先行者と被る分野はパイも残っていないのです。
そして、一つの分野に安心しててもすぐに終わります。私も宿坊から始まりましたが、座禅、写経、精進料理、縁結び、お守り、仏前結婚式、樹木葬と様々なテーマを専門分野に加えています。
ものすごく情熱的でありながら、とんでもなく打算的でないと生き残れない。それが寺社旅研究家の道です。パワーの強い恐竜よりも、隕石落ちても生き延びる小型哺乳類であれ! 私もいつ倒れるか分からないサバイバル生活を、必死で生き延びるべく走り続けていますよ。