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大澤香有さんの語る「お坊さんになって諦めたもの」が面白い

大澤香有さん

去年の美坊主コンテストで優勝された曹洞宗僧侶・大澤香有さん。

参考:美坊主コンテスト優勝者が髪を伸ばした理由が勇ましすぎる!

このコンテストでのスピーチが抜群に胸打つ話だったので印象に残っているのですが、先日書かれていたブログがまたぐっとくる内容だったので紹介します。

大澤香有さんの「お坊さんになって諦めたもの」が面白い

タイトルは『お坊さんになって諦めたもの』。現記事はこちらをご覧下さい。

簡単に要約すると、

ドイツの方に「お坊さんになって、諦めたものってある? 例えば、家族とか、友人とか、恋人とか。。。」と質問される。

その場では特にないと答えたものの、

○メイクやネイル、可愛い服を着ることなどのオシャレを諦めた
○お付き合いしていた人の親御さんに、お坊さんだからと反対された
○女性の剃髪は珍しく、どこ行ってもめちゃめちゃジロジロ見られる

などが後で思い当った。

しかしそれらに後悔はなく、それでも本当に諦めたことがあるとすれば、それは「これ(僧侶)以外の道を選ぶこと」だった。

というお話です。

ほーりーが人生で諦めたもの

そしてこれを読んで、ほーりーは何を諦めてきたんだろうと考えました。

幼稚園の頃に書いた「新幹線の運転手」とか、Jリーグが生まれた頃(当時、サッカー部)にノリで答えた「サッカー選手」とか、そういうたわいのないものを除けば、私が子供の頃から真剣に夢見たものは小説家です。

プロにつながるものではありませんが2回の受賞歴があり、頑張ればいつかは小説家になれると考えていた時期がありました。別にそれを青臭いとか、若気の至りと考えているわけではありませんが、現実的には小説だけで食っていける人はプロの中でも一握りです。

宿坊研究をせずに小説を書き続けていたら、もしかしたら一、二冊は自分の作品を出版社から出すことができたかもしれません。ですがペン一本(キーボードひとつ?)で生きられるベストセラー作家になることは、さすがにほぼ不可能だったでしょう。

例えばだいぶ昔の話ですが、2004年に発表された芥川賞は、綿矢りさ「蹴りたい背中」と金原ひとみ「蛇にピアス」が受賞しました。それまで40年近く破られなかった最年少受賞記録を、19歳と20歳の二人が一度に抜いてしまったと、当時は大きなニュースになりました。

この時のほーりーは25歳。すでに寺社旅研究の道にシフトして小学館から宿坊の本を一冊出していましたが、世の中にはひっくり返っても敵わない別次元の人間がいるのだと改めて思ったものです。

最近の話題で言っても、史上最年少プロ棋士の藤井聡太四段のような方もいますしね。まあ、ここまで破格の別次元ではなくても、世の中には自分の力では到達できないフィールドが、何層にも分かれて上に存在していると感じることは、悪いものではないでしょう。

無責任な万能感はさっさと手放さないと、「俺はまだ本気を出していないだけ」と、いつまでも言うことになりかねないですし。

諦めるって、簡単なことかもしれない

しかし一方で、ほーりーは小説家の道を諦めたことに、悲壮感や後悔は持っていません。むしろ小説を書くより宿坊巡りの方が面白くなってきたから、自然に心が移っていったという方が感覚的には近いです。

その意味では「諦めた」という言い方も、実は正しくないかもしれません。

冒頭で紹介した大澤香有さんの「諦めた」は淡々と書かれているので、私の勝手な想像も加わりますが、

私が本当に諦めたことがあるとすれば、

それは、

「これ以外の道を選ぶこと」

です。

私は今年の1月に、
ついに気が付いてしまいました。
自分にとって何が一番大切なのかを。

とあります。

ほーりーの「諦めた」とはだいぶ違うところもありますが、自分の思う道を歩んでいたら、他のものがそぎ落とされたという辺りは共通項かなと感じます。

(違うと言われたらそれまでですが、ほーりーはそう感じたということで)

そして諦めるって世間で言われるよりも、実は意外と簡単なことではないかというのが、今回のテーマです。

私自身で言えば本当にやりたいことは、自分の感じたことや想いを表現することでした。その意味ではそれが小説であろうと、宿坊に泊まった体験談であろうと、どちらも大きな違いはなかったわけです。

会社で求められる仕事とは異なるので、結果よりも目的に焦点を当てることで、人生には全く違う選択肢が開けてきます。すると目指していたものを諦めたほうが、むしろ欲していたものが手に入ることもたくさんあるかもしれません。

ということで、、、

私の周りで言えば、寺社コンでたくさん受けている婚活相談にも少し当てはまります。

なかなか出会いがお付き合いにつながらないと悩む人も少なくはないですが、年齢が上がってきた方(45歳以上くらい?)には結婚をたどり着くべき唯一のゴールに設定すると、苦しくなるよとお話させて頂くこともあります。

(念のため補足ですが、これは寺社コンで友達作りをしようとかそんな話ではなく、結婚を自分の人生でどう定義づけるか考えようという話です)

特に未婚率がどんどん上がるこれからの世の中、お一人様サービスも充実していくことは予想されますし、孤独への不安だけが婚活の動機であれば、杞憂に終わる可能性も少なくないわけです。

また、「ほーりーさんのように寺社旅研究家になりたい」という相談を受けることもあります。

しかし私のようなニッチな研究分野は誰かのようになりたいと思った時点で、その道が塞がれているものでもあります。

一番分かりやすいのは、下の記事に書いたように仏像ですが。

参考:プロの寺社旅研究家を目指すなら、仏像だけは手を出さない方がいい

なのであの人のようになりたいを諦めて、まずは誰もいない分野を探して開拓することが、自分の望む人生を手にする手段でもあったりします。

諦めようとしているもの、諦めきれずにいるものの正体が何なのか。ほーりーは人生においては、目的さえ諦めなければ手段は諦めても(いくらでも変えても)良いのかなと考えています。

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大澤香有さん

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