悲しい出来事を「なかったこと」にしようとすると、人のつながりは希薄になっていく
中下大樹さんの書かれた『悲しむ力 2000人の死を見た僧侶が伝える30の言葉』に、思いっ切り心を揺さぶられたので紹介します。
悲しむ力 2000人の死を見た僧侶が伝える30の言葉 中下 大樹 著 |
今の日本は悲しみを避け、悲しい出来事を「なかったこと」にしようとしているような気がしてなりません。 |
この言葉には、胸を切り付けられるようでした。
タイトルの『悲しむ力』。悲しむことに力なんているのか。この本を読む前はそう思いましたが、それは勘違いであると、思い知らされました。
悲しみは意識して見つめないと、すぐに見ることができなくなります。そして悲しみに対する感度を鈍くすることは、ひとりひとりのつながりを希薄にします。
少し気を緩めれば、誰かに追い抜かれてしまうかもしれない。一度追い抜かれたら、そのまま脱落してしまうかもしれない。仕事だけでなく、生活そのものを失ってしまうかもしれない |
誰かの悲しみを自分のことのように悲しんだり、自分の中にある悲しみを見つめたりすることは、時間の損失にしかつながらない |
そうする中で私たちは、「縁」を磨いたり、つないだり、育んだりする方法を、忘れてしまった |
ひとつひとつ、言葉が突き刺さります。
中下さんは宗派を超えた寺院ネットワーク「寺ネット・サンガ」の代表であり、生活困窮者のための葬送支援や孤立死防止のための見回り、自死遺族のケアなど、「いのち」の問題に真正面から取り組まれている方です。
この本の副タイトル「2000人の死を見た」にもある通り、今の日本の大多数の方にとっては尋常ではないと言っていいほど、死の場面に立ち会われています。
・アパートの一室で孤立死したまま気付かれず、ご遺体にたかっていたウジ虫。
・被災地の瓦礫の中から出てきた人の腕。
・死を前に妻に謝りたいと願っても、今さら困ると会うことも出来なかった男性。
・自死(自殺)した家族が「成仏できているか」と問う遺族。
それは肉体的にも精神的にも、生々しい現場の連続です。
また中下さんの活動自体も、嘘をつかれ、裏切られ、騙され、お金を盗まれと、甘いものではありません。
私は実際に中下さんに何度かお会いしたことがありますが、はっきり言ってなぜこの現場に立ち続けることができるのか理解できません。ただただすごいという驚嘆と、畏怖というか、絶望的な強さの差を感じます。
中下さんはその原点として、「ヒトノ イタミノ ワカル ヒトニ ナッテネ」と死ぬ間際に言い残して亡くなられたおばあさんとのエピソードを紹介されています。
私のずるさや弱さをすべて理解した上で、「人の痛みのわかるひとになってね」と言ってくれたのだ |
「人の痛みのわかるひとになってね」と言われたとき、私は生まれてはじめて自分の全存在を肯定されたような気持ちがしました。 |
中下さん自身、人の何倍も苦しみ、悩み、涙を流し、感謝している方です。
人の悲しみを自分の悲しみのように感じる力。それを思い起こさせてくれる、読むことで心の幅が拡がる限りなく優しい名著です。
悲しむ力 2000人の死を見た僧侶が伝える30の言葉 中下 大樹 著 |