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発信力を掲げた神職研修会で、言挙げせずに七転八倒したほーりーの話

禊の撮影

先日、東北六県神道青年協議会の禊錬成会で、講演させて頂きました。こちらのレポートは以下の記事に書いたので、よろしければご覧ください。

ほーりーが神主さん達に語った「悪ふざけ」の大切さ

そしてこちらでお話させて頂いたのは、『神社と人をつなぐ7つの要素』です。名前の通り神社にこんなものがあれば、私たち一般の人間がもっと神道に近づきやすくなるというものです。

もともとほーりーの中で、神社は入りやすいけど、神道にはふれにくいというものがあります。これは私の周りでもよく言われているのですが、「お寺と神社ではお寺の方が入りにくい」という言葉から考えたことです。

閉じることができる門があり、お坊さん達の居住空間となっているお寺には足を踏み入れにくいが、入り口が鳥居の神社には抵抗感なく入ることができます。

ただ、お寺や神社に馴染みのない人が仏教・神道どちらにふれやすいかと言われれば、私は今は仏教に軍配が上がると考えています。

それは現在、お坊さん達が様々に工夫を凝らしてイベントを開催したり、仏教を学べる企画を生み出している一方、神社や神主さんの企画はまだまだ限られていると感じるためです。

境内には入りやすいのに、そこからステップアップできる階段が少ない。これは神社ならではの課題です。

ほーりーが一番悩んだのは「言挙げせず」という言葉

そこで今回講演させて頂いた『神社と人をつなぐ7つの要素』。こちらを作るときにほーりーが一番悩んだのは、「言挙げせず」という言葉でした。

神社と人をつなぐ7つの要素

神社に詳しくない方のためにざっくり説明すると、この言葉は神様のことや自分の意見などを語ることを良しとしない、神道的な考えです。お寺でも密教などでは教えを秘する部分がありますが、「言挙げせず」はそれとも異なります。

が、一方で今回の研修会は、テーマが『発信力』でした。

神主さんの間でももっと情報を出すべきだ、語るべきだと言う方もいて、この「言挙げせず」にどう向き合うべきか、そもそも「言挙げせず」とは何なのか、講師を引き受けた身としては悩むところでした。

いやね。お坊さんの研修会と同じ内容を伝えても「言挙げせず」とバッティングしまくるし、かと言ってひたすら何もせずにいるのもこれからの時代と相性悪いし。

そして研修全体を通した大テーマに「発信力」が掲げられている以上、ほーりーもこの難題にふたをするわけにはいきません。

そんなわけで、この言挙げせずと融和しながら(あるいは、なるべくぶつからずに)神社の発信力を高める方法を、3ヶ月くらい七転八倒しながら悩んでいたのです。

神社には初心者向けの体験が少ない

しかしほーりーの中では前から神主さんに対し、一つの違和感がありました。それはお寺と比べて神社の初心者体験(つまり、神道への入り口)は、ものすごく少ないということです。

初心者向けって、レベルを下げた神道や日本神話の講義などではありませんからね。それは以下の図だと、上から2段目くらいの話です。

神社の階段

宿坊研究会はお寺や神社の体験情報をまとめたポータルサイトです。

こちらを作っていて気がついたのですが、神社情報はお寺に比べると圧倒的に少数です。これはもともと僧侶と神職の絶対数(僧侶15万人に対して神職2万人)の違いであったり、他の仕事との兼業率が高くて忙しい神主さんの特性であったり、いろんな要因が考えられます。

ですが「言挙げせず」が動きを阻害することも、理由の一つに挙げられるのではないか。ほーりーには、そんな感覚もありました。

そこで今回の研修では、言挙げせずを以下の二つに分類しました。

○説明が面倒くさいからという、サボる口実の言挙げせず
○語らずとも相手に伝わる、本来の意味での言挙げせず

神主さんが自分たちに「語らずという制限」を設けるのであれば、それは普通に語る以上に信念や工夫が必要になります。

そうした努力を怠ったまま、神道は言挙げせずだからなんて言っていても、人はどんどん神社から離れていくだけです。

さらに言えば、神主さんが自分の立場を示す言葉に「仲執り持ち」というものがあります。神主さんは神様と人との仲を執り持ってこそ、仲執り持ちなわけです。

神社には初心者向けの体験が少ない

そこで言葉を減らしつつ、神道を伝える方法もいろいろと紹介させて頂きました。

様々な神社体験を作る

例えば神社や神道のエッセンスを抜き出して、ちょっとだけふれられる場を作ってみる。埼玉県神社庁では「祓詞」を書き写す浄写が行われています。

お寺での写経は人気がありますが、神社でもこうしたものをどんどん取り入れたって良いのではないでしょうか。神主さんが唱える祝詞を後ろで聞いていても、一般に人には何を言っているかほとんど分かりません。ですがこうして自分で書いてみれば楽しめますし、湧き出る興味や質問もあるはずです。

造語を作る

また、言葉を自分で作るのも一つの方法です。これによって周りから叩かれやすい言葉を使わずに、概念を伝えることもできます。さらに言葉の置き換えは、これまで神社に興味を持って頂けなかった方にアプローチするのにも有効です。

専門用語を禁止する

似たようなパターンとしては、専門用語を封印するのも一つの手です。難しい神道の言葉を駆使しても、初心者には何を言っているか分かりません。これはテレビに出てくる解説者が難しい言葉をどんどん出しても、不信感が漂うだけなのと一緒です。

語呂合わせやダジャレ

そして他にも語呂合わせやダジャレ、キャッチコピーは、単語や短い言葉だけで価値観を伝えるのに役立ちます。こうしたものを必死でひねりだすことも、大きな効果があるでしょう。

あとは映像などもパワーがありますね。

ということで、、、

本来の言挙げせずは、わざわざ口にせずとも(あるいは、口にしないからこそ)神様のすごさをダイレクトに感じて頂くことです(と、ほーりーは解釈しています)。

実際にこれまでの氏子さんや熱心な崇敬者なら、あえて言葉で説明する必要はなかったでしょう。信仰が家族単位で継承されていた時代には、こうしたものは常識として一人一人が学んでいました。

ですが生活様式が変わった時に、神道について何も知らないことを「常識外れ」と糾弾しても、それは一般の人を怖がらせるだけです。そして知識ベースが変わっているのに、相手が知っていることを前提に動いても、人の心は離れていくだけでしょう。

神様や神道的な生活を伝えたいなら、その良さを神主さんは体現する責任があります。神様の一番側で暮らす神主さん自身が、とんでもなくすごい人でなかったら、私のような凡人には神様のすごさを感じることなんてできないのです。

発信力ってテクニカルなノウハウもたくさんありますが、核となる人がすごくなければ何をやっても小手先で終わります。神主さんを人間として尊敬できて初めて、その背後にいる神様を感じることができるわけです。私はこうした方がこれからの仲執り持ちになっていくと考えています。

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