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お坊さんは僧侶を力量で判断し、一般の人はお布施の額で判断する

浄土真宗本願寺派総合研究所さんのアンケート

浄土真宗本願寺派総合研究所さんの『エンディング産業展(ENDEX)におけるアンケート調査報告』、こちらがいろいろためになったので、もう一つ紹介します。

ちなみに前回の考察記事は、こちら。

一般の人よりも、お坊さんの方が僧侶に悪印象を持っている

アンケートの中で、「経験された直近の葬儀で不満を覚えたことを教えてください」というものがありました。この質問は集計結果を見ると、一般の人とお坊さんの意識ギャップが表れていて、ふむふむと読んでしまいました。

お坊さんが不満を覚えた点の一位は「僧侶の態度」、二位は「僧侶としての力量」です。一方で一般の人が不満を覚えた点の一位は「葬儀費用」、二位は「お布施の額」でした。

なお、付け加えると「僧侶の態度」と「僧侶としての力量」は、一般の人で不満理由に挙げた方は少数です。

要するにお坊さんは同業者を能力で評価し、一般の人は金額で評価しているわけですね。

一般の人間に、僧侶の力量の区別はつかない

そこでこの結果を見て考えていたのですが、態度はともかく「僧侶としての力量」が何を指しているか。これは人によって、まちまちでしょう。

○読経の正確さなのか
○滞りなく儀式を進行することなのか
○宗派内での地位なのか
○法話のありがたさなのか
○遺族の悲しみと向き合う姿勢なのか
○檀家さんとの付き合いの深さなのか
○これらの総合力なのか

ですが少なくとも、お坊さん達が評価し合っている基準を一般の人は共有していないことがよく分かります。お金でしか評価されないのではなく、お金以外に評価する基準をほとんど持っていないわけです。

例えばお経を毎日読んでいるとか、意味までしっかり勉強している人以外には、お坊さんが読む順番を間違えても気がつくことはないでしょう。

よく、お坊さんあるあるで「ここでループする」とか聞きますが、ほーりーも(般若心経を除けば)まず分からないでしょうし。

衣の色もどの色がえらいとか、素人には判別不能です。また日常から顔を合わせている住職さんなら別でしょうが、葬儀の場でちょっと顔を合わせただけで、悲しみと向き合うのは限界があるでしょう。

ついでに言えば法話のありがたさについては、ほーりーは『お寺を盛り上げる7つのアクション』で、人間は何を話すかより誰が話すかで、心への響き方が変わると伝えています。

お寺を盛り上げる7つのアクション・法話が心に届かない

バックグラウンドを知らないお坊さんがどんなに良い話をしても、ほとんどの人は3日も経てば忘れてしまうわけです。

ほーりーは葬儀での布教には、肯定的ではない

そしてこれはあくまでほーりー個人の意見ですが、葬儀で初めて顔を合わせた人に布教しようと意気込むお坊さんに対して、私は今一つ肯定的にはなれません。

ご遺族は大切な家族を亡くして、日常とは全く異なる精神状態にいます。そんな弱った心持ちの時に教えを説かれれば、それは響いてしまいます。

ですが仏教は人生の根幹を成すような、生きること全体の価値観すら左右するものです。それが平常でないときにアプローチしてくることは、お寺の外にいる人間にとっては怖さすら感じます。

もちろんお坊さん達にそんな気はないでしょうが、ある種の不安商法になってしまう可能性すらあるわけです。

4年前に書いたこの記事でも、似たようなことを述べています。

参考:全お坊さんに告ぐ! ほーりーは「布教」という言葉が苦手です。

こちらを簡単にまとめると

○「布教」という言葉を苦手にしているのは、そこに提供者目線を強く感じるから
○ほーりーにとってお寺を活性化させる意味は、一般の人が(もっと言えば、私が)楽しめるお寺を増やすこと
○回り回って布教にもつながるのであれば、その時点で両者の方向は一致する

という内容です。

なので日常的な接点を増やして、そこから仏教にもふれられる。そして即効性はないかもしれませんが家族が亡くなった時になど、「あのお坊さんはこんなことを話していた」とか、「人の死にふれて改めてお坊さんの話を聞きたい」と思っていただけるなら、そちらの方がよほど健全でしょう。

ということで、、、

僧侶をお布施の額でしか評価できないなんてけしからん。お坊さんであれば、そう思われるかもしれません。

ですが自分がよく知らないもの、日常から接していないものに対して、本質をしっかり見抜いて判断しろなんて、それは無茶というものです。

例えばほーりーはサッカーが好きなので、試合を見るとこの選手はすごいとか、ある程度は分かります。ですがあまりなじみのないスポーツでは、よほど際立った選手でもないと判断つきません。

例えばフィギアスケートは時々見ることがありますが、ジャッジの採点が出る前に誰が勝ったかなんて全く分かりませんし(かっこいいので好きではあるのですが、ジャンプの区別もつかないレベルなので)。

スポーツのような優劣つきやすいものですら、そんな状況です。それでもお坊さんの力量を見てほしいと思われる場合には、やはり日常的な接点を増やしていくしかないと思います。

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