ワインのブドウになれない私は、日本酒のお米になりたい
中学生の時、サッカー部に所属していた頃、
チームの中に憧れていた同級生がひとりいました。
ずば抜けた体力で持久走は県内トップクラス。
ボールの扱いも上手く、同じ歳なのに私を含む他のチームメイトより、
レベルが明らかに3段は上の選手でした。
しかしそんな何をやっても適わないと思えた人ですら、
プロの下部組織には入れなかった時の衝撃。
私が世の中には全く異質の天才がごろごろいると初めて感じた瞬間です。
話は変わりますが先日、多くの神社にお酒を奉納している
老舗酒蔵の社長さんが主催した、お酒と料理を楽しむ会に参加してきました。
そこには日本酒やワインの専門家が何人もいたのですが、
そこで面白い話をお聞きしました。
アルコールは糖が発酵して作られる。
もともと糖分を持つブドウは放っておいてもワインになるが、
お米の場合は澱粉を一度糖に変えなければ日本酒にならないと。
それ故にワインで大切なのはブドウの素材であり、
ワインを語る時には何年ものの○○産ワインという事が大切になるそうです。
一方、日本酒はいじるパラメーターが多い分、
お酒を作る腕が何より影響し、説明には蔵元の名前が必要だそうです。
(もちろん極端な例えですので、ワインに腕がいらないわけでも、
日本酒に素材が関係ないわけでもないでしょうが)
ということで冒頭のサッカーの話に戻りますが、
日本酒とワインの話を聞いて、頭に浮かんだのがこのサッカーの思い出でした。
残念ながら私は天才ではありません。
サッカーでは選りすぐったブドウで作るワインにはなれませんでした。
しかし腕を磨いて作られる、匠の日本酒にならなれるかも。
宿坊巡りは天から与えられた身体能力も、俳優のような優れた容姿も、
宇宙の真理を紐解く知性も必要ありません。
お寺や神社の生まれですらなく、
寺社に知り合いがいたわけでもない私が、
興味だけで15年旅を続けて寺社旅研究家として活動している。
日本酒が作られる工程は、何か勇気を頂けた気がします。