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自粛が緩和されていく中で、お坊さんが社会に伝えられること

01.寺社活性化
 

 緊急事態宣言が解除され、いよいよ自粛も緩和ステージに入りました。このニュースを伝えたYahooのアンケートによると、「緊急事態宣言の全面解除、どう思う?」という問いに対して、72%が適切ではないと回答しています(まだ回答受付中なので、数字は変わる可能性があります)。

 「適切でないと思う」を、どのような意図で選んだかは個々人に聞かないと分かりません。コメント欄を見る限り、「解除は早い」という意見もありますし、「むしろ遅い(ので適切ではない)」と答えた方も多いようです。

 「早い」と「遅い」がごちゃ混ぜになったことで、このアンケートの選択肢自体が適切ではなかった気もしますが、世の中の空気は伝わってきたので題材にしてみました。

 ほーりーはブログに何度も書いていますが、肺炎よりも不況で亡くなる方のほうが、これから多くなると考えています。これはコロナウイルスについて調べれば調べるほど、その想いを強くしています。

 これから自死自殺者が3万人に戻るので、お坊さんにお願いしたいこと

 そこでこうした意見に同調してくれるお坊さんがいるのならと、その考えを仏教的な視点を含めてまとめてみました。

ゼロリスク主義は世の中に危険をまき散らす

 まず私が第一に考えていることは、現在の日本でコロナウイルスへのダメージを最も大きくしている要因は、ゼロリスクに対する異常な執着です。そこでまずは国別に人口100万人当たりのコロナ感染死者数を、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学が公開しているコロナ特設サイトと、Wikipediaの各国人口表からまとめてみました。

国別のコロナ死者数

 このグラフを見れば一目瞭然ですが、アジア地域は欧米よりも、圧倒的に対人口比でコロナ感染死が抑えられています。その理由は仮説があちこちで述べられていますが、少なくとも日本(アジア)でコロナウイルスは、当初予想されたほど恐ろしいものではなかったという事実は、判断の土台として持つべきでしょう。

 なお、補足して述べれば、ジョンズ・ホプキンス大学のサイトは日本の複数メディアや、イギリスの公共放送BBC、アメリカのCNNなども引用しており、コロナの状況を世界中網羅してまとめた信頼性の高いサイトとして注目されているものです。

 また、人口当たりの死者数でグラフを作成した意図は、これが現時点で一番国別の被害状況を把握しやすいためです。例えば感染者数(または率)で一覧化すると、PCR検査数によって差が出ます。しかし死者数は誤差が出にくいものです。現在はコロナで亡くなられた方のご遺体から感染することも危惧されており、病院や行政でも念入りなチェックが行われています。それを(個別の数件ならともかく、数万件単位で)取り違えたり、改ざんや隠ぺいすることは現実的ではありません。

(なので各国の感染者数を表示したデータはあちこちにあったものの、今回は人口対死者数でグラフをわざわざ手作りしました)

 そして本論に戻すと、可能性だけを考えれば、経済開放による第二波、第三波のリスクはあります。しかしそのリスクをゼロにする為に、経済活動を自粛し続けることは返って大きな犠牲を生みます。

 実際にこの認識は広がってきています。例えば元東大学長の小宮山宏氏が日本医師会のCOVID-19有識者会議サイトで公開した『「コロナ禍からの脱出」のための知の構造化』という記事では、以下のように書かれています。

我が国の現状は、他国や抗体検査などの様々な情報を比較して推察すると、感染率は0.1%、致死率は0.36%との推察ができる。新型コロナウイルス感染症は、治療薬がないが、医療体制の十分なところではインフルエンザと同程度の致死率である

隔離は社会活動の停止を意味する。経済もその一つだ。長期隔離の下で、人がまともでいられるはずがない。不機嫌、うつ、DV、生活習慣病や認知症の進行、閉店、不況、破綻、自殺、殺人など増えるだろう。しかし、人の交流が感染リスクになるのは確かだから、専門家のみの議論は「コロナのためなら死んでもいい」ということになりかねない。

 また、当初は5月末まで予定されていた緊急事態宣言が前倒しで解除されたことも、こうした認識の表れでしょう。

お坊さんが社会に伝えられること

薬師如来の薬壺

 経済のためなら、コロナで人が死んでもいいんですか? という声があります。これは言葉だけを捉えれば反論のしようがありませんが、一方でそれ以外のすべての死を切り捨てたものでもあります。

 ○自粛のためなら、不況で人が死んでもいいんですか?
 ○コロナ自粛を継続し続けるなら、インフルエンザも流行るたびに自粛するんですか?
 ○多発する交通事故を止めるたびに、車を禁止しなくていいんですか?

 どれもこれも極論です。しかしその極論をコロナだけには適用し続けようとしている方が、世の中にはたくさんいます。それは目の前の事象をデータよりも感情で捉える方が多いためです(もちろん人間は機械ではないので、感情だって大切です。ただ無制限に感情だけを優先させるべきではないという話です)。

 「安全よりも安心」と言われることもあります。目に付く危機から目を背ければ、心の平穏は保たれますが、それによってより危険になることは多々あります。

 問題の根幹が数字ではなく心に根差したものであるなら、これは科学や政治だけではなく、ほーりーは宗教者にも期待される役割があると感じています。具体的には『ゼロリスク主義』をやめることの呼びかけです。

 物事を偏りなく見ることは、仏教で説かれる基本的な姿勢の一つです。実際には完全に偏りをなくすなんて、お釈迦様でもなければ不可能でしょう。ですがそれでも複数視点を採用してバランスを取って判断することは、仏教を実生活に活かす方策と言えるのではないでしょうか。

 「コロナで人が死んでもいいんですか?」というずるい問いに「その通り」と答えられるのは、私は人間はいつか必ず死ぬものと説き続けてきたお坊さんだけではないかと思っています。

ということで、、、

 「ゼロリスク主義」はこれまでも、日本でたびたび繰り返されてきた議論です。しかしヨーロッパ各国などでは、日本よりはるかに死者数が多い状況で、経済再開への判断を下しました。ある意味で、これらの国はそれぞれコロナで人が死ぬことを織り込んで動いているわけです。

 そんな様子を見ていると、日本よりはるかに仏教的な思想が根付いているなと感じたりします(キリスト教の教えから、似たような結論に達するものかは、私は知りませんが)。

 経済のギアが一段上がり、自粛と緩和の境目が複雑化することで、これからますます両者の衝突も激しくなるでしょう。そのいがみ合いをお寺からクールダウンしていけるなら、これもまた仏教の大きなメッセージになるとほーりーは感じています。

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